2012年6月5日火曜日

子どもの中耳炎


はじめに

中耳炎を繰り返して耳鼻科へ通院しているお子さんがたくさんいらっしゃることと思います。
「餅は餅屋」という諺があるがごとく「耳は耳鼻科へ」がよいのでしょうが、風邪に伴って中耳炎を併発することは日常茶飯事ですから、なんとか小児科医も中耳炎診療ができないものか・・・と日々考えてきました。

私が小児科医になった昭和の終わり頃は「中耳炎=細菌感染症=抗生物質で治療」という時代でした。
つまり、中耳炎と診断されると抗生物質が処方されるのが当たり前。
長らくそれが常識だったのですが、ここ10年くらいで様子が変わってきました。
「ウイルスによる中耳炎もあるらしい。」
「抗生物質に聞かない細菌が増えてきた。使い過ぎ?」
とこんな声が聞かれるようになりました。
そして2000年以降、小児の中耳炎治療ガイドラインが小児科と耳鼻科から相次いで発表され、新たな時代を迎えた感があります。
先日ふと読んでいた医学雑誌に下記文章を見つけました。耳鼻科の先生が書かれたものですが、現在の状況をよく表していると思います:

「細菌感染が主体と考えられていた急性中耳炎だが、最近ではウイルス感染がその発症に関与していることが判明してきた。日本では急性中耳炎の治療に抗生物質を安易に使用してきた経緯があり、それが主要な起炎菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌の薬剤耐性化と、それによる急性中耳炎の重症例増加の大きな要因と考えられている。その反省から抗生物質使用の見直しが勧められており、急性中耳炎がウイルス性なのか細菌性なのかを識別し適切な治療を選択することは、非情に重要な課題である。」

というわけで、中耳炎の治療をめぐって色々な問題がありそうです。
私なりに調べ、自問自答した結果を以下に記してみました。

子どもの中耳炎の特徴

子どもは大人より中耳炎に罹りやすい事実は古くから知られています。
生後1歳までに60%、3歳までに80%の子どもが少なくとも1回は急性中耳炎に罹ると言われています。
その理由として以下の要因が指摘されています;
・中耳の解剖学的構造
・免疫力の未熟性
・母乳保育の低率化
・母親の喫煙率増加、など

特に2歳未満の乳児は一度罹ると反復しがちです。
たいてい保育園(風邪のるつぼ)に預けている子どもですね。
この時期に耳鼻科通院が始まるとエンドレス。
私はこの現象を「耳鼻科のアリ地獄」と呼んでいます(決して耳鼻科の先生の責任ではありません)。
2歳未満児では免疫力が未熟なので、この時期に集団生活を始めると風邪を引きがちです。
喉・鼻は炎症を反復して常にダメージを抱えている状態なので、病原菌が増えやすい条件が揃っていて悪循環から抜け出せません。さらに保育園には薬剤耐性菌が蔓延しているので、治療にも難渋します。

院長のつぶやき)かくいう私自身も幼児期に中耳炎を反復し、耳鼻科の常連でした。鼓膜切開とか、吸入とか、やったなあ。シュッと鼻の中に吹き付ける霧(実は血管収縮剤)がしみてイヤなんですよね。扁桃腺を取る取らないという話になり「手術は怖いからどうしよう・・・」と両親が迷ったあげく、結局取らずに今も大きめの扁桃腺が喉に鎮座しています。耳鼻科の椅子に座ると自分が医者であることを忘れてすっかり患者の気分になってしまいます。

風邪と中耳炎の微妙な関係

まず、誤解されがちな風邪と中耳炎との関係からお話しします。
風邪と中耳炎は全く別の病気というわけではありません。
なにせ、喉と耳はつながっていますから。
風邪の原因の90%はウイルスですが、ウイルスが増殖して喉に炎症を起こすと、常在菌のバランスが崩れて細菌が繁殖する傾向があります。
その菌が「耳管」(喉の奥と耳をつなぐトンネル)を通って耳に辿り着き、そこでさらに増殖して炎症を起こすのが中耳炎です。
ですから実際には「風邪を引いて数日経過後に中耳炎を合併することがある」というケースが多いのです。
風邪症状がないのに「耳が痛い!」と訴えることはあまりありません(例外はありますけど)。

院長のつぶやき)風邪を引いて小児科で薬をもらったけど、熱が下がらなくて耳を痛がるので耳鼻科へ行ったら中耳炎と診断された・・・あの小児科はヤブ医者だ!と小児科医を責めないでくださいね・・・中耳炎は風邪の途中から合併するのです。

中耳炎の起こるメカニズムと病原体について

前項の内容は私が学生時代に受けた講義の内容。
じつは、中耳炎の解説はこれだけで終わらないことが最近わかってきました。
ウイルスそのものも耳管を通って中耳炎を起こすことが判明したのです。
つまり中耳炎が起きるメカニズムは次の2通り存在することになります;

1.ウイルスが直接耳管を通って中耳へ侵入する場合
2.ウイルスが耳管や中耳の粘膜障害を引き起こすことにより鼻の奥にいた細菌が中耳に侵入して細菌性中耳炎に進展する場合

まずウイルス感染ありきで、その上に細菌が便乗して悪さすることがあるということになります。
しかし従来は急性中耳炎の原因は「細菌」でありウイルス性中耳炎の存在は知られていませんでした。
なぜでしょう?
実は検査技術が未熟だったためにそこにいるはずのウイルスが見つからなかったのです。
悲しい理由ですね。
歴史を少し紐解くと・・・


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ウイルス検出法の発達の歴史:

1950年以前:ウイルス検出が技術的に困難な時代でした。
1950年代:初めて中耳貯留液からインフルエンザウイルスが検出されましたが、その方法は感度の悪い「ウイルス分離」であり中耳炎の数%のウイルスの存在を確認できる程度でした。
1980年代:分離技術が進歩とEIA法などウイルス抗原検出法の開発により、ようやく急性中耳炎の約20%程度にウイルスの存在が確認されるようになりました。
その後PCR法が開発され、中耳貯留液の70%からウイルスが検出されたとの報告も出てくる時代になりました。
※ PCR法は感度が良すぎて検出されてウイルスが本当に原因なのかどうか?という議論もあります。

中耳炎の原因となる細菌;

3種類の細菌で75%を占めており、「三大起炎菌」と呼ばれています。その3つとは・・・
・「肺炎球菌(約35%)」
・「インフルエンザ菌(約20%)」(無莢膜型)
・「モラキセラ・カタラーリス(約20%)」。
実はこの3つとも子どもの喉にふだん健康なときからいる「常在菌」です。
生後1歳までにどの子どもの喉にも居着くことがわかっています。
なぜいつもいる友達のような菌が病気を起こすのだろう?と素朴な疑問が生まれます。
「常在菌」はいろいろな菌のあつまりで、微妙なバランスの中で力関係が維持されています。
その中のある菌が増えそうになると他の菌がそれを抑えるコントロール能力を持っているのです。
ですから外から新たな菌が入ってきても排除する能力があります。
腸内細菌と同じですね。
しかし、ウイルス性の風邪を引いて喉の粘膜がダメージを受けると常在菌間のバランスが崩れてしまいます。元々あった菌でも数が増えると病原性を発揮して炎症を起こし得ます。真夏にペットボトルを一日抱えて少しずつ飲んでいると、自分の口から入った菌が繁殖してお腹を壊すのと同じ現象です。
そして耳管を通して中耳に侵入した細菌が中耳炎を起こすのです。

上記をまとめると、

「ウイルス性の風邪 → ウイルス性中耳炎合併 → 細菌性中耳炎合併」

という流れがあることがわかります。
なお、菌による重症度の順位は、
①肺炎球菌、②インフルエンザ菌、③モラキセラ・カタラーリス、だそうです。
鼓膜所見により原因菌がわかるのかな? と疑問を持ちつつ本を読みましたが、記載は見あたりませんでした。

中耳炎の原因細菌の歴史的変遷:記録によると100年前は溶連菌が主役(約50%)、肺炎球菌が第二位(約30%)でした。インフルエンザ菌が検出され始めたのは1950年代、モラキセラ・カタラーリスは1965年と新参者です。

風邪ウイルスの感染に伴う急性中耳炎

 乳幼児が風邪(呼吸器ウイルスによる気道感染症)をひくと、20〜40%で急性中耳炎を合併することがわかってきました。

風邪ウイルス感染症における中耳炎合併率(省略しましたが数字にはすべて「約」がつきます);
 R S       :50%以上
 インフルエンザ :20%
 アデノ     :20%
 ヒトヘルペス  :24%
 麻疹      :20%

※ ヒトヘルペスウイルスは突発性発疹を起こすウイルスです。
なお合併率は年齢によっても異なり、2歳以下の乳幼児では高くなります。

 重症化しやすいウイルスと細菌の組み合わせもわかってきました。
 インフルエンザウイルスと肺炎球菌が同時に感染すると重症化する傾向があると報告されています。

RSウイルスに合併する急性中耳炎

代表例としてRSウイルスを取り上げてみます。
RSウイルスは赤ちゃんがゼーゼーする冬に流行する風邪の原因で、時に重症化(急性細気管支炎)して入院することもある感染症です。
前述のようにRSウイルス感染症は他のウイルスと比較して急性中耳炎を高率に合併します。
また、年齢により合併率が異なり、2歳未満では約70%で2歳以上の約30%より遙かに高率です。
さらに一度治癒した後の中耳炎再発頻度が高い傾向があり、治癒後1ヶ月以内の再発率は約30%とされています。
RSウイルス感染症に合併するから中耳炎もウイルス性なんだろう・・・と思いがちですが「RSウイルス感染に伴う中耳炎=すべてがウイルス性」というわけではありません。
RSウイルスが中耳貯留液から検出されるのは70%、時に細菌も検出されます。
当初はウイルス性だったものが、経過中に細菌感染を合併することもあります。
実際にRSウイルスによる細気管支炎で入院した患者さんが、細菌性中耳炎を合併して入院期間が長引いたとの報告を受けることがあります。
というわけで、現実に起きていることはそう単純ではなさそうです。

治療のジレンマ:ウイルス性?細菌性?

治療を考える上で、「ウイルス性か細菌性か」の判断を迫られることになります。
なぜって、治療が違ってきますので。
繰り返しますが「ウイルス性中耳炎」に有効な薬はありません。
「細菌性中耳炎」には抗生物質が効きます。
区別はどうするのか?
一般には鼓膜所見で経験的に判断しています。
 鼓膜が赤いだけなら細菌はいないだろう、
 鼓膜が赤い上に色が濁って膿が溜まって腫れている時は細菌が検出されやすいので疑おう、と。

残念ながらウイルスと細菌を区別できるような迅速検査はありません。 
診察室で「鼓膜所見だけでウイルス性と細菌性を区別するのは完全には無理」なのです。
溜まっている膿に細菌がいるかどうか調べれば白黒がつきますが、これは「培養検査」といって最低4日間かかります。
患者さんを目の前にして「ウイルス性か細菌性か調べますから4日後に来てください。今日はわからないので薬は出せません。」とは言いにくい。


"熱痛覚閾値"

じゃあ、どちらかわからないのであれば抗生物質を使っておけば安心じゃない? と考えたくなりますね。
しかしそうやって「とりあえずビール」のように「とりあえず抗生物質」という治療が広まったために
薬剤耐性菌の増加」という新たな問題が発生しました。
抗生物質が効かない菌の登場です。
すると、より新しい強力な抗生物質を使う必要が出てきます。
でも数年後にはそれにも負けない耐性菌が生まれます。
こうして細菌と抗生物質のいたちごっこが永遠に続くのです。
人類の知恵の成果である抗生物質は細菌に勝てるのでしょうか?
細菌は数十億年間、この地球で生きながらえてきた生命体です。強敵です。

悩ましい薬剤耐性菌問題

中耳炎が難治化した理由の一つであり、避けて通れない問題です。
以前は抗生物質の内服で治っていた中耳炎。
近年治りが悪くなり、内服だけでは熱が下がらずに入院して点滴治療をした、という話も聞かれるようになりました。世界的にはどうなのでしょう・・・以下のデータを見つけました。

ペニシリン耐性肺炎球菌の比率(省略しましたが数字にはすべて「約」がつきます);
 アジア    :60%
 オセアニア  :20%
 南アメリカ  :40%
 北アメリカ  :30%
 東ヨーロッパ :40%
 西ヨーロッパ :20%
 全世界平均  :35%

あれ?って思いませんか。
欧米より日本を含めたアジアの方が耐性菌の比率が高い。
何となく先進国の方が抗生物質をたくさん使用しているので耐性菌も多いのではないかと考えがちです。
実はアジアの方が抗生物質をたくさん使用しているのです。アジアの多くの国では医師の処方なしに薬局で抗生物質を自由に購入できるからです。耐性菌が増えるのは当然ですね。

ヨーロッパの中でもオランダがもっとも優秀です。
耐性菌率5%! この数字は驚異的です。
これは1990年代初めに「中耳炎には抗生物質は必要ない」という考え方を基本とした治療ガイドラインを設定して実行してきた成果だと評価されています。
日本でも近年薬剤耐性化が社会問題化して「抗生物質の適正使用」が謳われるようになりました。
「必要なときはしっかり使用し、不必要なときは使わない」をストイックに守ろう、というものです。

でも現状はどうでしょうか。
あなたのお子さんが風邪で医院を受診すると、処方薬の中に当たり前のように抗生物質が入っていませんか? 
ご両親も処方薬の中に抗生物質が入っているとなんとなく安心していませんか?
抗生物質には「耐性菌問題」以外にもたくさん副作用が報告され、その添付文書に記載されています。
自分の子どもの命を守るためには、処方された薬の副作用も知っておく必要がありますよね。
医者任せではいけません。
下記ホームページで処方された抗生物質の名前を「一般名・販売名」のところに入力して検索してみてください。副作用欄には「ショック」「肝機能障害」「急性腎不全」等々・・・飲ませたくなくなりますよ・・・。

医薬品の添付文書情報: 

私の治療方針

さて、本題に戻りましょう。
小児科医はどう治療すべきか。

実際の外来では私は単純に、
・鼓膜が赤いだけで痛みも軽度→ 「鼓膜炎」あるいは「ウイルス性中耳炎」と考えて経過観察
・鼓膜が赤く膿が溜まって腫れている→ 「細菌性中耳炎」の可能性を考えて抗生物質投与
としています。耳垢で鼓膜が観察できないときは耳鼻科受診を勧めています。

3歳以上では治療開始後1週間間隔で通院していただき、鼓膜所見の改善を確認します。
発赤・腫れは改善しやすいのですが、膿〜液が消えるまでには時間がかかります。
3週間後にも水が溜まっているとき(この時点から「急性」ではなく「遷延性」と呼ぶことになっているそうです)は慢性中耳炎・滲出性中耳炎への移行の可能性を考えて耳鼻科受診を勧めています。聴力低下の可能性が出てきますので。
3歳未満では治療を開始をしますが「良くなっても1週間後に耳鼻科で治癒を確認してもらってね」と誘導しています。
1歳未満では私の使用している耳鏡(耳の中を見る器具)ではよく観察できないので、「風邪症状と熱が続いてぐずりがち、でも咳はひどくない」場合は耳鼻科受診を勧めています。

耳鼻科医による「小児急性中耳炎診療ガイドライン2006」

2006年に「小児急性中耳炎ガイドライン」が発表されました。
これは「耳鼻科医による耳鼻科医のための」ガイドラインという位置づけで、何となく「小児科医は蚊帳の外」という印象が否めません。
まあ、すねても仕方がないので内容を見てみますと・・・
患者さんの年齢・症状・鼓膜所見を点数化して重症度分類を行い、それにより治療法の選択をするよう設定されています。
年齢は3歳未満と3歳以上に分けられており、3歳未満はそれだけで3点加算され重症扱いとなります。
また、積極的に「鼓膜切開」を行い排膿して中耳内の通気改善を図ることも特徴です。
では現在の私の診療スタンスをそれに当てはめて検証してみましょう。

例1)5歳の男の子が風邪症状に伴い昨夜「右耳が痛い」と訴えて来院。熱は微熱。診察時は「もう痛くない」と言う。鼓膜を観察すると部分的に赤くなっているが、色が濁ったり膿が溜まっている様子はない。


子供の肥満の小児科ビュー

私の診療
「鼓膜に炎症がありますが膿は溜まっていないので中耳炎までは行っていません。あえて言えば鼓膜炎です。バイ菌が悪さしている可能性は低いので、痛み止めで様子を見ましょう。痛み止めの効きが悪いほどつらい時はまた診せてください。」
ガイドラインの治療
 この例を重症度分類に当てはめると・・・
  年齢  :「5歳」なので0点、
  症状  :「痛みあり」で1点、「微熱」で1点、
  鼓膜所見:「鼓膜の発赤」で2点、
 以上の合計4点ですから「軽症」と評価されます。
ガイドラインでは「軽症」例に対して「抗生物質投与しないで3日間経過観察、悪化した場合は対応」となっていますので私の診療は問題なさそうです(ホッ)。

例2)1歳の女の子。風邪症状に伴い38℃前後の発熱が続き、咳がひどくない割には機嫌が悪いために来院。鼓膜を観察すると全体的に淡く発赤し、黄色く濁って盛り上がって見える。

私の診療
「鼓膜の内側に膿が溜まっているので中耳炎です。炎症が強くバイ菌が悪さしている可能性がありますので抗生物質で治療しましょう。薬を飲み終わったらきちんと治ったかどうか一度耳鼻科の先生に診てもらってください。」
ガイドラインの治療
 この例を重症度分類に当てはめると・・・
  年齢  :「1歳」なので3点、
  症状  :「38℃以上の発熱」で2点、「不機嫌」で1点、
  鼓膜所見:「全体の発赤」で4点、「部分的な膨隆」で4点、
 以上の合計で12点となり「重症」と評価されます。
ガイドラインでは「重症」例に対して「抗生物質投与5日間+鼓膜切開」し「5日後に改善なき場合は抗生物質を変更し鼓膜再切開」となっています。
・・・ウ〜ン、鼓膜切開が必要なのか・・・最初から耳鼻科に紹介すべきなのですね。

まあ、当たらずとも遠からず、といったところでしょうか。

残念ながら「鼓膜切開」という処置は小児科医はできません。さらに慢性化して耳の奥に水が溜まる「滲出性中耳炎」では「チュービング」といって鼓膜に細い管を通し、通気をよくする処置が必要になることもあります。これも耳鼻科の先生しかできません。

※ 2008年12月に「小児急性中耳炎診療ガイドライン2009」が発売されました。2006年版をバージョンアップしたものです。

小児科医による「中耳炎に対する抗菌薬使用ガイドライン2005」

外来小児科学会の先生方が中心となり2005年に「小児上気道炎および関連疾患に対する抗菌薬使用ガイドライン」が公開されました。
下記アドレスで誰でも読むことができます。

小児上気道炎および関連疾患に対する抗菌薬使用ガイドライン:
 

世界の論文を分析してまとめた力作です。
そこに書かれている中耳炎の治療方針は前項の耳鼻科医によるガイドラインと驚くほど異なります。
まず、「中耳炎のほとんどは自然治癒する疾患である」という前提から始まります。

根拠はオランダの医師 van Buchem による論文です。
中耳炎に対して
 ①無治療で様子観察した患者さん
 ②抗生物質で治療した患者さん
 ③鼓膜切開をした患者さん
を比較したところ経過はほとんど変わらなかったという報告。つまり、抗生物質を使ったからと言って早く治るわけではない、では耐性菌問題もあるから使わない方が良いんだ!という論法です。
オランダは「基本的に抗生物質を使わないガイドライン」を1991年に作成して実行し、その結果先進国の中では薬剤耐性菌の検出率が驚異的に少なく抑えられたという実績を示し世界中から注目されるに至りました。
これにならって、アメリカも2004年にそれまでの「まず抗生物質ありき」という治療方針を改め、初めから抗生物質投与は行わないという基本方針に変えました。

小児科医による本ガイドラインはオランダのガイドラインに準じて作成されています。
現在の日本の抗生物質使用状況から鑑みると非情にストイックな治療方針です。
中耳炎の痛みに関しては鎮痛薬が有効であり、これでしのいで治るのをじっと待つのが基本という考え方。
ただし、これを実行するには数日間隔での注意深い鼓膜の観察が前提となります。
2〜3日後にも症状の改善がない場合、耳漏(耳だれ)が7日以上続く場合は抗生物質投与を検討します。
使う場合は中途半端な量ではなく大量に使い切ります。
さらに外科的処置である「鼓膜切開」の効果に対しても否定的です。

まとめを引用します。

 急性中耳炎は大多数が自然治癒する予後良好の疾患である。多くの研究からの結論は,抗菌薬の投与でわずかな短期効果(耳痛や発熱の改善)がみられるが,聴力の低下に直接関係する長期効果(中耳貯留液の消失)はないことである。このため耐性菌の増加を考慮すれば経口抗菌薬を制限した治療方針を基本とすべきであり,治療は患児のQOLに関係する耳痛の軽減および重症合併症の防止を目指したものとなる。また,わが国は海外諸国に比べ外来受診が容易で恵まれた医療状況にある。このため,患児のQOLや安全性を損なうことなく抗菌薬の使用を制限した方針の実行は十分に可能であると思われる。

院長のつぶやき)小児科医である私にとっても、非常にストイックな方針です。医院へのアクセスがよく、抗生物質を処方しやすい環境(あるいは患者さんが抗生物質処方を希望する)の日本で実行するのはなかなか・・・。

小児科医が発表したガイドラインを評して高名な耳鼻科医がこう書いています:
「欧米では家庭医が中耳炎の治療を行うという診療上の違いから、欧米のガイドラインをそのまま本邦に応用することは実情に当てはまらない。」「薬剤耐性化の比率(北欧:10%、日本:50%!)、低年齢保育の普及率、鼓膜所見の評価方法、抗菌薬の種類・投与量が大きく異なる。」


院長のつぶやき)やはりここでも「専門外の医者が中途半端なことはやるな!」と言われているような気がして・・・ひがみかなあ。

耳鼻科医と小児科医の考え方の違い

ここまで知ると薬剤耐性菌に挑むスタンスが耳鼻科医と小児科医で異なることに気づきます:

耳鼻科医 「耐性菌にはさらに強力な抗生物質で対応し、ダメなら伝家の宝刀鼓膜切開」
小児科医 「耐性菌を作らないよう必要最低限の抗生物質使用にとどめて自然治癒を待つ」

さらに抗生物質使用期間に対する考え方の違いもあります。
調べていくうちに以下のようなイメージが沸いてきます;

耳鼻科医 「中耳に水が溜まっている間は再燃しやすいので抗生物質治療続行が必要」
小児科医 「症状が改善し中耳所見も改善傾向にあればよしとする、完全正常化するまで抗生物質を投与する必要はない」

さて、どちらが正しい選択なのでしょうか?

手元にある耳鼻科の先生が書いた本(小児中耳炎のマネジメント:山中昇先生著)に以下の記載がありました。
「Q. 抗菌薬は耳痛や発熱がおさまったらやめてよい?」
「A. ウソ。臨床症状が改善しても鼓膜所見が残存した急性中耳炎が治癒していないことが多い。」
そして、同ページに掲載している鼓膜所見の経過グラフからは、
「鼓膜所見正常化率は5日後:20%、10日後:35%、14日後:50%、26日後:70%程度にとどまる」
と読めます。
ということは残り30%の患者さんは1ヶ月以上抗生物質で治療が必要になるのでしょうか?
この辺が「耳鼻科通院はエンドレス」の理由なのかもしれませんね。

中耳炎を予防することが可能か?

一部可能です。方法はワクチンと抗ウイルス薬。
現在得られるデータを列記します。

インフルエンザワクチンと急性中耳炎

 不活化インフルエンザワクチン(日本で接種しているタイプ)によりインフルエンザに伴う急性中耳炎の発症が32〜83%減少することが報告されています。
 低温馴化弱毒経鼻生ワクチンによりインフルエンザの発症とそれに伴う急性中耳炎の発症は30%抑制され、結果的に抗生物質の使用頻度が減少したことが報告されています。

抗インフルエンザ薬と急性中耳炎

 抗インフルエンザ使用により急性中耳炎発症が44%減少したと報告されています。また、臨床現場でも重症中耳炎症例が減少したと実感されています。

★ RSウイルスに対するモノクローナル抗体製剤パリビズマブ(商品名:シナジス)では合併する急性中耳炎の予防効果は得られませんでした。理由は不明。
※ 以前開発されたRSウイルスワクチン(ホルマリン処理)では中耳炎予防効果が確認されました。しかし接種に伴い感染の重症化・死亡例が出たことから開発は頓挫しています。

日常生活上の注意点

・・としては「子どもが中耳炎を起こしやすい理由」から逆転の発想をして・・・
母乳栄養:「母乳中の細菌特異的分泌型IgA抗体が乳児における鼻咽腔内コロニーの形成を阻害して(つまりバイ菌が増えるのを邪魔してくれる)中耳炎を予防する効果がある」と報告されています。
子どもの近くでタバコを吸わない
などが考えられます。中耳炎を繰り返してお悩みの方はご検討ください。

今後の展望

急性中耳炎のきっかけはウイルス性の風邪です。
ウイルス性中耳炎に罹らないことは風邪を引かないということと同じくらい難しい。
ワクチンで予防できる風邪はほんの一部(例:冬に流行するインフルエンザ)ですし、低年齢乳幼児が集団保育する流れは時代の要請で増えていくでしょうから、「ウイルス性の風邪 → ウイルス性中耳炎の合併」という現象に関しては残念ながら有効な対策がありません。

「肺炎球菌ワクチン」に期待が持てます。

中耳炎の3大起炎菌の一つである肺炎球菌ワクチンが既に外国では普及しています。
現在高齢者中心に使用されている「ニューモバックス」とは別の子ども用ワクチンで、ワクチン後進国の日本にももうすぐ導入されるという情報があります。
すると肺炎球菌による中耳炎が減ることが期待されます。耐性菌にも悩まされなくなります。
素晴らしい!
でも、他の起炎菌である「インフルエンザ菌」「モラキセラ・カタラーリス」に対するワクチンは用意されていません。2008年に開始された「ヒブワクチン」はインフルエンザ菌に対するワクチンではありますが、その中の強毒性の「莢膜型の中のb型」にしか効きません。中耳炎の原因となるインフルエンザ菌は弱毒型の「無莢膜型」が圧倒的に多いのです。
最近「肺炎球菌ワクチン+インフルエンザ菌ワクチンの合体ワクチン」が欧米で認可されたとのニュースが流れました。この分野の今後の発展が期待されます。

院長のつぶやき)もしこの合体ワクチンが日本で使用できるようになると、小児科医の仕事内容が変わるでしょう。2008年に認可されたヒブワクチンと合わせると、インフルエンザ菌・肺炎球菌が主な原因となる子どもの細菌感染症(細菌性髄膜炎、肺炎、中耳炎)が過去のものとなり、小児救急のストレスも軽減することが期待されます。早くそんな時代が来ないかなあ。

漢方薬の出番は?

さて、私が好きな漢方薬の出番はあるでしょうか?
以下の病態に使用が可能だと思います。

★ 風邪を繰り返す子ども
風邪を繰り返す虚弱な乳幼児に対して用意されている漢方薬があり、長期投与により風邪回数が減り、軽症で済むことが期待されます。つまり「ウイルス性風邪の予防」ですね。

★ 急性中耳炎の炎症・痛み軽減
喉・耳周囲の熱を冷まし炎症を抑える漢方薬があります。抗生物質との併用が基本です。

★ 滲出性中耳炎
耳の奥に水が溜まる滲出性中耳炎には「水をさばく」漢方薬が有効であるとされています。
当院に耳鼻科通院に疲れた患者さんが相談にこられた時は、耳鼻科と併診を条件に処方しています。


終わりに

結局小児科医は外科的処置ができませんので、耳鼻科に渡すタイミングを図りながらそこに至らないようにいかに薬を上手く使うか、そのさじ加減で腕が試されるような気がします。
私自身は抗生物質の使用にストイックな方だと自認してきましたが、こうして調べてみると小児科医より耳鼻科医の作成したガイドラインに近いスタンスだったことに気づき、驚いた次第です。



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